ブルックナー音盤日記

録音データは https://www.abruckner.com/discography1/ にお世話になってます

交響曲第9番ニ短調 ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

ブルックナー:交響曲第9番

1894 Original Version. Ed. Leopold Nowak [1951]

Lovro von Matacic, Czech Philharmonic Orchestra. 4-5/12/80

59:50 - 23:32 10:08 26:10

日本コロムビア CD COCO 70413

 

第1楽章冒頭の第1主題が徐々に全貌を現す3分で、もう聴衆の心を鷲掴みにする。

指揮者は出来合いの自然な流れに身を委ねず、オーケストラから出る音を聴きながらテンポと強弱を細かく動かす。

ぎこちないくらいだが、そこに生まれる臨場感がたまらない。

 

この演奏はマタチッチが持つ3つの顔を見せてくれる。

 

第1の顔、ギャングのボスのような風貌そのままに荒事が得意なこと。

ブルックナー演奏に欠かせない音量のコントロールが効いている。

 

第1楽章なら、まがまがしきボスキャラが降臨するような第1主題がそうだし、コーダもどこまで大きくなるのかと固唾を呑む。

 

第2楽章スケルツォは、荒事どころか悪漢の領域。

山賊の一団が軽快な足取りで隠密裡に配置に付き、突如地響きもろとも躍り出て、ついには咆哮のうちに狼藉の限りを尽くす。

 

マタチッチ第2の顔、「歌謡主題」と呼ばれる第2主題などでの和事が容貌に似合わず優美ですばらしいこと。

先日聴いた第7交響曲 は、両端楽章の第2主題に加えて、第2楽章全体、第3楽章のトリオと、和事の聴きどころが満載だった。

この第9番なら第1楽章第2主題。

 

にわか仕込みの知識だが、「荒事(あらごと)」と「和事(わごと)」は歌舞伎の立役の種類で、実は立役にはもう一つ「実事(じつごと)」という種類もある。立役 - Wikipedia

「誠実な人物が悲劇的な状況の中で苦悩しながらも事件に立ち向かう姿を描」く役柄なんだそうだ。歌舞伎事典:実事|文化デジタルライブラリー

 

マタチッチ第3の顔は、その実事に秀でていること。

この演奏の第3楽章がそれを示している。

第1主題の日の出を思わせる荘厳なファンファーレは、死期が遠くないと悟ったブルックナー神の国の光を描いたんだろう、これまではそう思っていた。

 

  天にとよむ大主

  明けもどろの花の

  咲い渡り

  あれよ 見れよ

  清らやよ

  (「おもろさうし」)

 

今回、その光とはむしろこの世の光だったと気づいた。

日の出を迎えることはまた1日を生き永らえたということだ。

しかし次の日の出を迎えられるかはわからないし、いずれ迎えられなくなる日は来る。

悲哀と諦念、慰めにならない慰めが切々と語り続けられる中に出現するそのファンファーレは、現世の精華であり、そして現世そのものを象徴しているのだ。

 

アナログのライブ録音だが、漆黒の静寂から立ち上がるようなすばらしい音質。

何度も聴きたくなる。